十枚落ち 敗因を考える
十枚落ちを勝つためには『4つの方針』に沿って指せばよいと、前回の記事で説明した。
今回は下手負けの実戦譜を『4つの方針』の観点から検討してみる。
手合割:十枚落ち
△4二玉 ▲3八飛 △4四歩 ▲3六歩 △5四歩 ▲3五歩
△4三玉(1図)
▲7八飛 △6四歩 ▲7六歩 △5三玉 ▲7五歩
△6三玉(2図)
▲5八飛(3図)
△6五歩 ▲5六歩 △6四玉(4図)
▲4八飛
△7五玉 ▲4六歩 △6四玉 ▲4五歩 △同 歩 ▲同 飛
△8四歩 ▲4三飛成 △9四歩 ▲3三角成 △2四歩(5図)
▲同 馬(6図)
△8五歩 ▲4四龍(7図)
△8六歩 ▲同 歩 △7五玉 ▲7八金
△8六玉 ▲2八銀(8図)
△7四歩 ▲4六龍 △9五歩 ▲3四歩
△7六玉 ▲3三歩成(9図)
△1四歩 ▲5五歩 △7五玉 ▲5四歩
△6四玉 ▲5三歩成 △同 玉 ▲3二と(10図)
△4三歩 ▲3五馬
△5四玉(11図)
▲5六龍 △5五歩 ▲4六龍 △1五歩 ▲3七桂
△8六歩 ▲4五桂 △6四玉 ▲7七桂 △7五歩 ▲8五桂
△7四玉 ▲9三桂成(12図)
△8四玉 ▲8六龍 △9三玉 ▲5三馬
△8四歩 ▲4三馬(13図)
△5六歩 ▲5三桂成 △5七歩成 ▲5八歩
△4七と ▲3九金 △4六桂(14図)
▲5四馬 △5八と
まで83手で上手の勝ち
一見、下手楽勝にも思えるほどのハンデがついていながら、現実には簡単に負かされることも珍しくない十枚落ち。
本局は上級者の目から見れば、まあ下手が負けるのも無理はないなと納得できる棋譜なのだが、敗因をいざ言葉で説明しようとすると結構難しかったりする。
筆者なりの説明は「勝つために必要な『4つの方針』に沿わない手を指したから負けた」である。
手順を追いながら検討していこう。
下手はまず3筋を狙った。
この3手は方針(1)『攻め駒を玉に近づける』に沿っており、悪くない指し方と言える。
▲3四歩△同歩▲同飛の攻めを狙っているので、上手は△4三玉としてそれを防いだ。
なおも▲3四歩と攻めようとすると△同歩▲同飛△同玉で飛車を取られて失敗する。
3四の利きが「歩・飛」vs「歩・玉」で「2対2」となったためだ。
3筋を受けられてしまったので、下手は狙いを守りの薄そうな7筋に変更した。
上級者目線からするとあまりうまい指し方ではないのだが、この指し方も方針(2)『2対1で攻める』に沿っており、発想そのものは正しいと言える。
上手も△6四歩~△6三玉と応戦せざるをえない。
だが次の▲5八飛(3図)はいまいちだ。
狙いを7筋→5筋に変更する手だが、6三にいる上手玉は7筋だけでなく5筋にも利いている。
先ほどの3筋→7筋の狙い変更とは異なり、守りの薄い箇所を攻めるという意図が欠けてしまっているのだ。
つまり方針(2)『2対1で攻める』に反している。
代えて▲3八飛とすれば、玉で3筋を受ける手が間に合わず、以下△5三玉▲3四歩(A図)△同歩▲同飛と突破できていた。
この変化手順ならば方針(2)に沿うことができている。
もう一つ、2図からは▲4四角(B図)とする手もあった。
△6三玉とした瞬間4四歩が浮き駒になっていることに気付けば、この手が発見できる。
この手は方針(1)『攻め駒を玉に近づける』に沿っている。
以下は▲3三角成~▲4四馬~▲7六飛~▲5六飛~▲5四飛~▲5三飛成と攻めていけば良い。
最善手はこれだっただろう。
△6四玉(4図)によって5筋攻めも受けられてしまった……ように見えるが、実は▲5五歩△同歩▲同角(C図)で突破できる。
4図で5五の利きの数は「3対2」となっており、これも「2対1」と同じ理屈で攻めが成立する。
つまり方針(2)『2対1で攻める』に沿っている。
C図以下△5四玉なら▲7三角成△4三玉▲5一飛成、△6三玉なら▲4四角△8四歩▲5三飛成と攻めていけば良い。
本譜ではこの攻めを発見できず▲4八飛としたが、これは方針に沿わない指し方なので疑問手と言わざるを得ない。
少し進んで5図。
方針に沿わない手を指した分もたついてしまったが、ひとまず大駒2枚を成り込ませる第一目標は達成した。
ここから正しく指せば挽回できる。
上手の△2四歩をどう見るか。
下手は▲2四同馬(6図)と取ったが、これは玉から離れるように駒が動く手であり、方針(1)『攻め駒を玉に近づける』に反している。
つまり疑問手だ。
悪手とまでは言えないが、勝利というゴールに向かって前進する手でないことは確実である。
ここでは方針(1)に沿って▲4四馬(D図)や▲4二馬△7四玉▲5四龍とするのが良かった。
D図は次に▲5四馬(▲5四龍も可)の狙いがある。
▲4四龍(7図)も良くない。
龍と上手玉の距離がほとんど変わっていないので、方針(1)『攻め駒を玉に近づける』に沿っているとは言えない。
ほぼ1手パスのような手だ。
龍はもう十分玉に近い位置にいるので、玉から遠い馬の方を活用するべきなのだ。
例えば▲4二馬△7四玉▲5四龍といった攻め方が考えられる。
▲7八金は方針(4)『金銀で守る』に沿っており、好手である。
△8六玉~△8七玉と入り込む手、△7六玉~△6七玉と歩を掠め取る手などを先受けしている。
だが8図の▲2八銀は守りの手として効果的とは言えない。
これまたほぼ1手パスだろう。
▲4六龍は、かろうじて方針(1)に沿っているものの、直後の▲3四歩~▲3三歩成(9図)は『攻め駒を玉に近づけ』ているとは言えないだろう。
すでに龍・馬という強力な攻め駒が揃っているのに、玉から遠い場所に3枚目の攻め駒を用意したところで効果は薄い。
方針(1)に沿う手としては、例えば▲4二馬~▲6四馬などが考えられる。
▲5三歩成は悪手。
方針(2)『2対1で攻める』に反したため、△5三同玉とタダ取りされてしまった。
ここはまだしも▲4四龍と支えて、次に▲5三歩成と『2対1』の攻めを狙うべきだった。
10図の▲3二とも方針(1)に反する。
正着は▲4三と・▲3四馬のような『攻め駒を玉に近ける』手である。
11図から下手は▲5六龍と王手をかけたが、冷静に見るとこの手は『攻め駒を玉に近づける』手ではないことがわかる。
代えて▲4五龍や▲4五馬(E図)とするのが正しい攻め方。
必要なのは『攻め駒を玉に近づける』ことであって「王手をかける」ことではない。
少し進んで12図。
下手はなかなか攻めが上手くいかない状況をなんとか打開しようと、桂の活用を試みた。
しかしこれは問題に対する対処方法が間違っている。
攻めが上手くいかない原因は「攻め駒が不足しているから」ではなく「攻め駒を玉に近づけていないから」なのだ。
11図と12図を比べても、龍・馬は1マスも動いておらず、上手玉とは無関係な位置に桂・成桂が増えただけの変化しか生じていない。
下手は頑張って攻めているつもりかもしれないが、攻めになっていないのである。
▲8六龍~▲5三龍と、再び『攻め駒を玉に近づけ』始めたが、またもや▲4三馬と離れてしまった。
勝ちへ向かうための方針とは真逆の方向へ進んでいることになる。
これでは下手が勝てないのも道理であろう。
ここまでの展開を見て、
勝つためには『4つの方針』に沿って指し進めなければならない、ということを納得してもらえただろうか。
残りは視点を変えて、勝ちを目指す上手の技術を見ていこう。
桂を入手した上手は、満を持して反撃を開始する。
13図から14図にかけて上手の指し手は△5六歩~△5七歩成~△4七と~△4六桂の4手。
これはすべて攻めの手だ。
と金を取らせないために1手だけ溜めの手(△4七と)を挟んだものの、下手玉めがけて一直線に『攻め駒を近づけ』ている。
つまり方針(1)に沿っている。
上手が用いたのは歩・桂の2枚、それも性能の低い小駒2枚のみである。
それでも方針(2)『2対1で攻める』に沿っていることは間違いない。
馬や龍といった大駒でなくとも、正しく使えば攻め駒として十分に働くのである。
また方針(3)『玉を追う方向を決める』に関しては、追うまでもなく下手玉は盤の端にいる。
このように上手の攻めは『4つの方針』のうち、攻めに関する項目3つ(1)、(2)、(3)を全て満たしているのだ。
十枚落ちという大きなハンデがついていても、展開次第で上手が下手に勝利しうる理由はここにある。
方針から外れた手を指すことは、徒競走で例えるならゴール以外の方向へと進むことに等しい。
下手がゴールへ進まず回り道をしている間に、上手は最短距離でゴールを目指したのである。