『解釈』 思考の基本構造

思考は目に見えない。
他人の思考は言うまでもなく、自分自身の思考についてすら、自分で自分が何を考えているのかよく分からなくなることは珍しくない。
将棋は思考を戦わせるゲームなので、思考を理解することは、すなわち将棋を理解することに繋がる。

人間の思考とは何なのか、私なりの見解を述べていく。

いきなり将棋とは関係なくて恐縮だが、次の例を見てほしい。

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ある歩行者が横断歩道を渡ろうとしたが、赤信号に気付いて立ち止まった。
この状況においてはどのような思考が行なわれただろうか。
少し考えてみよう。

答案1:赤信号は「止まれ」という『意味』だから立ち止まった。

普通はそのような見方をするだろうが、私はこの答では不十分だと考える。
「赤信号」そのものは、ただ赤い光を発するだけの物体に過ぎず、赤い光それ自体が「止まれ」という『意味』を伝達するような作用をもたらしたわけではない。
ここの関係性をもっと正確に見据える必要がある。

私は、『意味』とは人間の頭の中で作られるもの、と考える。
赤信号の光そのものが「止まれ」という『意味』を運んだのではなく、光が歩行者の目に届いた後に、歩行者の頭の中に「止まれ」という意味が生じたのだ。
このことを押さえて、答案を作り直してみる。

答案2:赤信号を見た歩行者の頭に「止まれ」という『意味』が生じて、立ち止まった。

この答ならまあまあ正解と言っても良さそうだが、もう一つ条件を付け加えたい。
交通ルールをまだ知らない子供は、赤信号を見たとしても「止まれ」という意味を認識することはできない。
「赤=止まれ」という『知識』を持っていないためである。
つまり『情報』から『意味』を作り出すには、前提となる『知識』を持っていることが必要なのだ。

答案3:「赤信号」という『情報』を得た歩行者が、「赤信号=止まれ」という『知識』を元に、頭の中に「止まれ」という『意味』を作り上げて、立ち止まった。

長ったらしいが、これを満点の答としたい。

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『情報』+『知識』=『意味』

『情報』=「赤信号」
『知識』=「赤=止まれ」
『意味』=「止まれ」

『情報』と『知識』を結びつけて『意味』を作り上げる。
言い換えるなら、『情報』を『解釈』したということだ。
この『解釈』こそが、人間が行なう思考というものの最小単位・基本構造である。
これが私の結論である。

 

それでは『解釈』の公式を念頭に置きつつ、将棋においてはどのような思考が行なわれるか見ていこう。

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将棋は完全情報ゲームとも呼ばれる。
この呼び名は、トランプにおける手札や山札のような隠された『情報』が将棋には存在せず、全ての『情報』がプレイヤーに開示されていることを表している。
すなわち将棋における『情報』とは「局面」や「指し手」に他ならない。
1図という『情報』を『解釈』するにはどんな『知識』が必要か、また『解釈』の結果どんな『意味』が生じるのか考えてみよう。

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まずは局面自体の検討を済ませておこう。
1図は次に後手から△8六歩(2図)と垂らす狙いがある。
こうなると次の△8七歩成が受からず、先手が苦しい。

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よって1図では▲8七歩(3図)と傷を塞ぐのが急務となる。
そう指せば一局の将棋である。

検討の結果、1図で行なわれる思考の最終目標は、▲8七歩という正着を指すことだとわかった。
1図を見てプレイヤーが▲8七歩を思いつくことができれば、思考は成功したと言える。
これには「垂れ歩」の手筋を知っているかどうかが分かれ目となる。
「垂れ歩」はかなり高級な手筋だ。
「垂れ歩」を『知識』として知っていない初心者にとって、独力の読みだけで2図の△8六歩を発見することはまず不可能だろう。
よって『解釈』を行なうために必要な『知識』は「垂れ歩」である。

『情報』は先述の通り「1図」だ。
「垂れ歩」を『知識』として持った状態で「1図」という『情報』に触れれば、「次の△8六歩が厳しい」という局面の『意味』を見出すことが可能である。

『情報』+『知識』=『意味』

『情報』=「1図」
『知識』=「垂れ歩」
『意味』=「次の△8六歩が厳しい」

ここまでの『解釈』が第1段階。
ここで得られた『意味』を今度は『情報』として扱い、第2段階の『解釈』を行なう。

『情報』=「次の△8六歩が厳しい」
『知識』=「▲8七歩と打てば△8六歩を防げる」
『意味』=「▲8七歩と打つ」

2段階の『解釈』を経て▲8七歩に辿り着くことができた。
今回は思考を2段階の『解釈』として表したが、思考の区切り方は1通りとは限らない。
3段階、4段階に区切って表す方法もあるだろうし、逆に1段階にまとめることも可能だろう。

以上。
私は、人間の思考はこのような仕組みで成り立つと考えている。