理論 駒落ち将棋を利用した棋力の絶対評価

棋力(将棋の強さ)は基本的に相対評価である。
例を挙げると、将棋道場や奨励会の段・級は「○段・級の相手と対局して○勝○敗だから○段・級」などの規則で定められ、オンライン道場の将棋倶楽部24ではレーティング制によって段・級が設定される、といった具合だ。
しかし相対評価には「評価を行なう相手次第で結果が変動してしまう」という根本的な問題がつきまとう。

今回はその問題への解決策として「駒落ち将棋を利用した棋力の絶対評価」の可能性について述べていきたい。

 

日本の将棋人口は一説に500万人とも言われる。
昨今の将棋ブームでこの数字よりもっと増えている可能性もあるが、それはさておき。
この500万人という集団は、上はプロ棋士から下はルールを覚えたばかりの超初心者まで、様々な棋力のプレイヤーで構成されている。
そしてその棋力内訳は、初心者が最も多く、棋力が上がるほど人数が減っていくピラミッド型を描くだろう。
もちろんピラミッドの頂点を占めるのは、わずか164名(2018/6/1現在)のプロ棋士達である。

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それでは棋力判定を行なうために、約500万人全員がプロ棋士指導対局を受けることにしよう。
まずは十枚落ちから始めるとして、まぐれ勝ち・まぐれ負けの可能性を無くすために、複数回対局して勝率8割以上を記録できれば合格という扱いにする。
その合格判定ラインは、十枚落ちなら大体この辺りに来ると考えて良いだろう。f:id:kousokubougin:20180606175421j:plain
ここで少し想像してみて欲しい。
もしも指導対局をするのがプロ棋士ではなく、私(アマ三段)である場合、この合格ラインはどう変化するだろうか。

思うに、合格ラインの位置はほとんど同じ高さになるだろう。
上手を持つプレイヤーの棋力がプロ棋士→アマ三段に変わっても、勝つ人は勝つし、負ける人は負ける。
上手がアマ級位者だったりすると流石に合格ラインも動くだろうが、おそらくプロ棋士~アマ初段の範囲なら、ほとんど差は生じないはずだ。

 

なぜ差が生じないのか。
それは「駒落ち」というハンデの性質を考えれば理解できる。

将棋における強さとは、駒を操る技術の巧みさを意味する。
持っている技術が多い人ほど将棋が強い。
単純に言えばそういうことだ。

一口に技術と言ってもその中身は色々だ。
例えば『歩の手筋』『飛車の手筋』『矢倉』『四間飛車』などなど。
これらの技術を使うには、当然その対象となる駒が無くてはならない。
『飛車の手筋』を使うなら飛車が、『矢倉』を組むには金銀3枚+桂香歩が必要となる。
しかし十枚落ちの上手には初形の時点で玉と歩だけしか与えられていない。
よって使える技術も、玉と歩だけで実現できる範囲(図中赤丸)に限定されてしまうのだ。

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十枚落ちの上手を持つプレイヤーは、どんなに多くの技術を持っていても、実質的に赤丸の範囲の技術だけで戦うことになる。
結果として、上手がプロ棋士であってもアマ三段であっても使える技術の範囲は同じ=下手から見た強さも同じ=勝敗の分かれるラインも同じ、となるのだ。
これが合格ラインに差が生じない理由である。

 

本題へ戻ろう。
棋力判定を絶対評価で行なうことは可能か、という議題だった。

棋力判定が相対評価になりがちなのは、固定された基準を用意するのが難しいためだ。
例えば、現在アマ初段と認定されているプレイヤーを集めて基準を作ろうとしても、そもそもその段位が相対評価で判定されたものでは意味がない。
特定のプレイヤー1人を棋力判定の基準として定めたとしても、何局も指すうちにその人自身の棋力が変化してしまうことは十分起こりうる事態だ。

しかしこれらの課題は、駒落ち将棋を活用することで解決できる。
ここまで見てきた通り「十枚落ち上手をプロ棋士~アマ初段のプレイヤーが持った場合の強さ」は一定とみなせるからだ。
「十枚落ちなら誰が相手でも確実に勝てる」という条件は、絶対評価の基準として十分な強度を持っており、ここまで見てきた論理は八枚落ち・六枚落ち等、もっと上の手合いでも成立する。
少なくともアマチュアの棋力判定に関しては「○枚落ちで勝てる」という基準だけで、十分対応できるだろう。

 

注意点があるとすれば、二枚落ちなどの高度な手合いでは、元の棋力が十分に高くなければ上手として務まらないことぐらいか。
例えば私が上手を持つ時、プロ棋士と遜色無い強さを発揮できていると思えるのは十枚落ちだけだ。
九枚落ち・八枚落ちは、プロ棋士が指すのと私が指すのとで合格ラインの変化こそ起こらないものの、上手良しになってから決めに行く手順に技術の差が表れそうだ。
六枚落ちはおそらく合格ラインがずれるぐらいの差が生じる。
四枚落ちともなれば、はっきりプロ棋士が持つ上手のほうが強くなるだろう。

もっとも、このことはそれほど大きな問題にはならないだろう。
上手の棋力によって合格ラインが多少変動したとしても、手合い差を超えるほどの変動が発生するとは考えにくいからだ。
プロ棋士を相手に六枚落ちなら勝てて四枚落ちで負ける人がいたとする。
その人が、四枚落ちで私(アマ三段)に勝つ可能性は十分考えられるが、二枚落ちで私に勝てるかといったら、それは難しいだろう。

手合い差2階級分以上の変動でなければ、上手が多少棋力不足でも練習台としては十分。
正式な段・級認定の際だけは、プロ棋士女流棋士・指導棋士といった上手を務めるのに十分な棋力のプレイヤーが指せば良いのである。

 

以上。