十枚落ち 上手の粘り

前回の記事で、入門書『中原の将棋を始める人のために』に載っている棋譜に対して「上手が最善の粘りをしていない」と書いた。
解説の誤りを指摘するための論拠として用いながら「最善の粘り」を示さないのは不誠実なので、今回は十枚落ちにおける「上手の粘り方」を解説する。

まず前提として、上手玉を詰ますには『端に追い詰める』ことが必須条件であることを確認しておこう。
十枚落ち下手は龍・馬の2枚を攻め駒として使うわけだが、この2枚ではどうやっても玉周りの9マスをおさえることが不可能なのだ。
手元に盤駒がある人は、実際に玉・龍・馬の3枚を配置して確認してみてほしい。
A図が主な詰み形。

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B図右は上手に持駒がない場合のみ詰み扱いとなる。
B図左は例外となる形で、上手の歩が邪魔駒となる場合は、玉が端以外でも詰むことがある。

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上手玉を詰ますには『玉を端に追い詰める』必要がある。
これを裏返すと、上手が粘るための基本方針は『玉が盤の中央を目指す』となる。

もう一つ重要なのは『大駒の利きを素通しにしない』こと。
例えばC図のように歩が一直線に並んでいると、龍の利きが盤の端まで直通してしまう。

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こうなると王手を逃れるには、玉が一段落ちるしかない。
これを避けるために、歩をジグザグに配置して龍・馬の利きを回避できるように備えておくことで、玉が追い込まれにくくなる(D図)。

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もちろん歩を1枚ずつ取りながら接近されれば無力だが、接近するために手数をかけさせればその分だけ粘っていることになる。

(1)『玉が盤の中央を目指す』
(2)『大駒の利きを素通しにしない』

この2つが十枚落ち上手が意識すべき方針となる。

手合割:十枚落ち

△4二玉    ▲7六歩    △5四歩    ▲2六歩    △6四歩    ▲2五歩
△3二玉    ▲2六飛    △7四歩    ▲3六飛    △4二玉    ▲3三角成
△5二玉    ▲4六飛    △6二玉    ▲4三飛成  △7二玉    ▲5一馬(1図)
△8一玉    ▲8三龍    △7一玉    ▲7三馬    △6一玉    ▲7二龍
まで24手で下手の勝ち

『中原の将棋を始める人のために』で解説されている棋譜を、2つの方針に基づいて、上手が正しく粘っているかどうか評価してみよう。

△4二玉
△5四歩 (2)?
△6四歩 (2)?
△3二玉
△7四歩 (2)×
△4二玉
△5二玉
△6二玉 (1)×
△7二玉 (1)×
△8一玉 (1)×
△7一玉
△6一玉

結果はこの通り。
個々の局面を見ていこう。

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まずは(1)について考える。
注目してほしいのは1図の▲5一馬の局面。
この馬入りは上手玉が△6二玉~△7二玉と早逃げしたために生じた手だ。
上手玉が6二で踏みとどまっていれば、下手は▲4二馬~▲5二馬のように『2対1』で攻める必要があった。
例えば△7二玉に代えて△9四歩とし、以下▲4二馬△9五歩▲5二馬(E図)。
これならば本譜より馬の進行が遅くなっている。

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こうした理由から△6二玉~△8一玉の3手を×評価とした。

さらに検討を続けると、E図の▲5二馬に代えて▲5二龍△7一玉▲6四馬(F図)とする攻め方を発見した。

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上手が何を指しても次の▲8二馬で詰み。
この場合詰みまでの手数は24手となる。
▲4二馬~▲6四馬と馬の長所である斜めの動きを活用することで、少ない手数で効率良く移動できる。

一応『中原の将棋を始める人のために』では、早逃げする理由も次のように解説されている。

「上手は△5二玉を動かさずにいますと、▲4三飛成△6二玉のとき、下手に▲4四馬とされるのがきびしく、早く詰まされてしまいます。」

しかし私が調べた限り、▲4四馬とした場合の最短手順は28手と、F図の寄せよりも手数が長い。
つまり「早逃げしなければ早く詰まされる」という主張は誤りだ。
下記の順が一例である。

手合割:十枚落ち

△4二玉    ▲7六歩    △5四歩    ▲2六歩    △6四歩    ▲2五歩
△3二玉    ▲2六飛    △7四歩    ▲3六飛    △4二玉    ▲3三角成
△5二玉    ▲4六飛    △9四歩    ▲4三飛成  △6二玉    ▲4四馬
△7二玉    ▲5四馬    △8二玉    ▲6四馬    △9二玉    ▲7三馬
△8一玉    ▲4一龍    △9二玉    ▲9一龍

まで28手で下手の勝ち

どうやら7三の地点を馬で押さえるのが急所らしい。
馬が上手玉を睨むことで、龍が上手玉の動きに対応しつつトドメを刺せるようになる。
先述した▲4二馬~▲6四馬は馬を効率良く7三へ運ぶ寄せ手順とも言える。
▲4四馬からの寄せ手順では、馬が効率良く7三に到達できないためか、どうしても28手かかってしまった。

次は(2)について考えよう。
F図の寄せは上手陣の歩の配置に依存している。
例えばF図で上手の△7四歩が突かれておらず7三歩の配置なら、最終▲8二馬が不可能となり、▲7三馬~▲8二馬で手数が伸びる。
また△6四歩や△5四歩が突かれていなければ、そもそも馬の通り道がない。
馬が4二~6四のルートで移動できないなら、この場合も詰みまでの手数が伸びることになるだろう。
つまり上手が最善を尽くすなら、最序盤の歩突きまでさかのぼって最も手数が長くなる形を選択する必要がある。

少なくとも△7四歩は最善ではないだろう。
これを△8四歩に変えた場合は、詰みまでの手数が2手伸び、26手となる。
手順の一例は下記。

手合割:十枚落ち

△4二玉    ▲7六歩    △5四歩    ▲2六歩    △6四歩    ▲2五歩
△3二玉    ▲2六飛    △8四歩    ▲3六飛    △4二玉    ▲3三角成
△5二玉    ▲4六飛    △1四歩    ▲4三飛成  △6二玉    ▲4二馬
△1五歩    ▲6四馬    △7二玉    ▲7三馬    △8一玉    ▲5二龍
△9四歩    ▲8二馬

まで26手で下手の勝ち

しかし△5四歩と△6四歩は判断が難しい。
△7四歩と違い、それぞれ下手からの攻め筋を防ぐ効果があるためだ。
すなわち△5四歩は▲5五角(G図)~▲7三角成、△6四歩は▲9六歩~▲9七角(H図)をそれぞれ防いでいる。

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△5四歩・△6四歩の善悪は、G図やH図以降の手順・手数まで検討しなければ確定できないため、暫定的に?評価とした。
もしもG図やH図以下、詰みまでの手数が26手以下ならば△5四歩・△6四歩は○評価、26手より長くなるならば×評価となる。

上手側の指し方については私自身まだまだ考察が足りていないと感じる。
しかし当ブログの本旨は下手向けの解説なので、上手側の研究はひとまずここまでとする。