『棋理』とは何か

『棋理』という言葉がある。
漢字から意味を解読すれば、

「棋」=「将棋」
「理」=「原理・法則」

すなわち「将棋の原理・法則」を意味する熟語だとわかる。
とはいえこれだけの説明で理解しろというのは流石に無理があるので、別の物に例えることで説明してみたい。

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(F1カー・フォーミュラーカーのイラスト いらすとやより )

見てのとおりレーシングカーである。
レーシングカーはただひたすら「速く走る」ことを目的に作られた乗り物であり、それゆえに普通の自動車とは様々な点で異なる設計がなされている。

例えばタイヤは普通車よりも横幅が太いものが用いられる。
これは地面との接触面積を増やすことで摩擦力を大きくするための設計だ。
摩擦力はマシンが前方へ加速するための力として働くため、レーシングカーは普通車よりも大きな加速力を得られることになる。

マシンの前後に装備されたウィングは、いわば飛行機の翼を表裏逆にしたような形状になっており、車体を下方向に押す力を発生させる。
これによりレーシングカーは時速100kmをはるかに上回る高速でも、安定した走行が可能となっている。
ウィングの空力によって車体を地面に押し付けることで、車体の横揺れや、タイヤが跳ねて地面との接触が失われることを防いでいる。

この他にもエンジンやブレーキだって特別製のものが搭載されているだろうし、ボディの材質やネジの1本に至るまで、最高峰の技術が詰め込まれていることは想像に難くない。

さて、いまの話には2つの「物理現象」が登場した。

・摩擦力
・空力(流体力学

これ以外にも例えば、エンジン内では燃焼という熱力学的現象あるいは化学的現象が発生するし、エンジンの動力がギアやシャフトを介してタイヤへと伝わっていく過程は古典力学によって説明される物理現象だ。
いちいち挙げていけばきりがないくらい、ありとあらゆる箇所で物理現象・化学的現象が関わってくるのを観察できるだろう。
それもそのはず。
そもそもの話、この宇宙で起きているありとあらゆる現象は、自然法則に従って起こっているものなのだから、まあ言ってしまえば当たり前のことである。

 

ここにひとつの構図が見えてくる。

『理』→『技術』→『現象』

摩擦力・空力・燃焼などの『現象』は、自然法則 =『理』に基づいて発生する。
これらの現象はそのままでは、単なる現象それ自体でしかない。
だが人間はこれらを上手く組み合わせて制御することで、「レーシングカーを高速で走らせる」という、目的に沿った現象へと昇華することができる。
『理』と『現象』の間に『技術』をもって介入することで、発生する『現象』を人間にとって望ましいものへと変換する。
もっと単純に言えば、『技術』とは、望ましい『現象』を起こすために『理』を利用することである。
人間が行なうありとあらゆる行為は、この構図に沿って解釈することができる。

 

たとえ話はここまで。
先ほどの構図を将棋に適用すると次のようになる。

『棋理』→『盤上技術』→『局面』

「王手」「両取り」「駒交換」「詰めろの解除」
これらはすべて盤上で起こる『現象』だ。
「王手」や「両取り」はある1局面で成立している状態を表す現象名。
「駒交換」「詰めろの解除」はいくつかの局面が推移してゆく過程を表す現象名。

これら盤上現象がいくつも重なり合った結果として、将棋は最終的に「先手勝ち」「後手勝ち」「引き分け」のいずれかの結果へと収束する。
対局者2人は、それぞれが自分にとって望ましい結果を発生させるべく、様々な『盤上技術』をもって局面を「先手勝ち」または「後手勝ち」へと引っ張ろうとする。

これらの盤上現象を発生させている原理・法則として仮定される概念こそが、すなわち『棋理』である。
対局者が用いる『盤上技術』とは、『棋理』を利用する『技術』に他ならない。

『玉を端に追い詰める』のはなぜか。
「盤の端にいる玉は詰ましやすい」という『棋理』が存在するからである。

『2対1で攻める』のはなぜか。
「守り駒より攻め駒が多ければ、攻めが成立する」という「数の攻め」原理、すなわち『棋理』が存在するからである。

将棋を学ぶことは、

・『棋理』を把握・理解すること。
・『棋理』を利用する『技術』を習得すること。

の2つの要素から成り立っているといえる。

 

「将棋の原理・法則」を意味する『棋理』という語について、なんとなくイメージが掴めただろうか。
万人に納得してもらえる説明ができているか、ちょっと文章の完成度に自信が持てないところはあるものの、今の私は『棋理』という概念をこのように考えている。