平手 初心者将棋は面白い

前回の九枚落ちを終えたY君と、粕屋町将棋会の小学生とで手合わせさせてみた。
対局相手はH君。
小学生達の中でも特に上達の著しい3年生である。
私との八枚落ちで勝率1割ぐらいなので実力は大体互角だと思われるが、実戦経験では間違いなくH君の方が豊富だろう。
とはいえ6年生と3年生の年齢差も大きい。
どんな勝負になるだろうか。

先手:H君
後手:Y君

▲7六歩    △3四歩    ▲2二角成  △同 銀    ▲7八金    △8四歩
▲8八金    △8五歩    ▲7八銀    △3三銀    ▲5八玉    △6二銀
▲4八銀    △5四歩    ▲3八金    △5三銀    ▲2六歩    △3二金
▲3六歩    △4四歩    ▲4六歩    △6四銀    ▲1六歩    △1四歩
▲2七飛    △7四歩    ▲3七桂    △7五歩(1図)

▲同 歩    △同 銀
▲7七銀    △7六歩    ▲6六銀    △同 銀    ▲同 歩    △8六歩
▲同 歩    △同 飛    ▲8七歩(2図)
△8二飛(3図)
▲4五歩    △同 歩
▲6五歩    △7四角    ▲6六角(4図)
△6四歩    ▲4五桂    △2二銀
▲5三桂成  △6五歩    ▲4四角    △3三銀    ▲6二銀(5図)
△同 金
▲同成桂    △4一玉    ▲5三角成  △4二金    ▲5一金(6図)
△3二玉
▲6四馬(7図)
△8三角    ▲8二馬    △9二銀    ▲6三成桂  △6六歩
▲4七金    △6七銀    ▲4九玉(8図)
△4六歩    ▲同 金    △6八銀成
▲7三成桂  △6五角    ▲6二飛    △7三桂    ▲同 馬    △8三角(9図)
▲5三桂    △6七歩成  ▲8三馬    △同 銀    ▲4一桂成  △5八と(10図)
▲3八玉    △4八と    ▲同 玉    △5六桂    ▲4七玉    △5八銀(11図)
▲5六玉    △6七銀不成▲4五玉    △4四歩    ▲5四玉    △5三歩
▲6三玉    △7四角    ▲7三玉    △3八角成  ▲2五桂(12図)
△2二玉
▲3三桂成  △同 桂    ▲4二飛成  △1三玉    ▲3三龍    △7四馬
▲6二玉    △8四馬    ▲5三玉    △7五馬    ▲4四玉    △6六馬
▲5五角    △同 馬    ▲同 金    △2二角    ▲2五桂    △1二玉
▲2一銀    △同 玉    ▲3一成桂  △1二玉    ▲2一角
まで125手で先手の勝ち

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先手は独特な駒組み。
これがH君のスタイルである。
いちおう私としては▲7八金~▲6八銀のような正しい駒組み形を教えたはずなのだが、いざ指すと大抵こんな感じになっている。
H君は将棋盤から直接知識を吸収しているような雰囲気があり、教わった知識をそのまま受け入れるのではなく、実際に使ってみて理解していくタイプらしい。
この妙な駒配置も、教わった通りの駒組みから少し変えてみるとどんな感じがするのか、いろいろといじくりながらその感触を学習しているような気配がある。
将棋に対する感度そのものが鋭敏なのだろう。
この試行錯誤がどんな将棋へと昇華されるか、将来が楽しみである。

一方Y君は教科書通りの駒組み。
独学ながら棋書からしっかり知識を吸収しているのがうかがえる。
角換わりでは△5四歩を突くと角打ちの隙が生じやすいとか、仕掛ける前にもっとしっかり玉を安定させた方がよいとか、細かく指摘したい部分はあるものの、この辺りのバランス感覚を習得するにはかなりの実戦経験を積まなければならない。
これからの上達に期待しよう。

さて、△7五歩と仕掛けて1図。
上級者目線では「あの筋」が気にかかる進行だが。

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「あの筋」とはもちろん王手飛車取りのこと。
2図の▲8七歩では▲9五角(A図)と打って先手必勝である。

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この筋があるため、角換わり棒銀や早繰り銀においては△9四歩や△4二玉のような手が必須なのだ。
しかしH君はこれを逃す。
決着は持ち越された。

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最善手を逃しても続くのが将棋というもの。
ひとまず棒銀が捌けて後手の主張が通った局面だが、ここから二次攻撃の取っ掛かりをどこに求めるかが問題だ。
こういう局面での指し方は、入門書や定跡書だけでは学びにくい技術だと思う。
読者の中にも苦手意識がある人は少なくないだろう。

私なら先手からは▲5三角、後手からは△7七銀や△3五歩といった手が見えるので、それを軸として読みを組み立てたい。
しかし強気で攻めるにはどちらも自陣が不安定なので、先手は▲4七銀~▲2九飛、後手は△4二玉のように陣形を整えることになりそうだ。

2人の選択はどうか。

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先手は角桂の連携で切り込む狙い。
後手は遠見の角で3八金の浮き駒を目標とする構想をそれぞれ打ち出した。
どちらの構想も、ほぼ確実に最善手ではないだろう。
しかし手の善悪それ自体は些細なこと。
このとき間違いなく、彼らは自分の持てる知識と技術を総動員して、未知の局面と向き合った。
その経験こそが何よりの宝なのだ。

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力のこもった応酬。
△3三銀で角は死んだが、▲6二銀と利きの数では負けているマス目へ強引に叩きこむ。

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△4一玉に代えて△4二玉としていれば、角取りが残り後手が指せていたようだ。
ちなみにY君は△6二同飛と取らなかったが、これは飛車の利きを見落としていたわけではなく、純粋に飛車を渡すのは危険と読んだため。
△6二同飛だと以下▲同馬△同玉▲6四飛△6三銀▲7四飛△同銀▲4一角(B図)があった。

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ここで△7三銀と合駒すれば後手がよかった。
上級者から見れば当たり前の手だが、当たり前の手を即座に発見できるのも技術の一つ。
初心者同士の場合、読み以前の段階で「手が見える」か否かが勝負を分ける。

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駒損のうえ、虎の子の銀を9二に使わされては後手苦戦は明らか。
8図まで進めば先手優勢だ。
ただし8図の直前、△6七銀に代えて△3八銀とこちらから打つ勝負手が発生していた。
よって▲4七金では▲4七歩のほうが手堅かっただろう。
これまた手が見えるかどうかの勝負である。

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▲7三成桂は方向違い。
ここは▲6二飛~▲5三成桂のように『攻め駒を玉に近づける』ように使うのがよい。
平手でも将棋の勝ち方は十枚落ちと同じである。

おそらく▲7三成桂とした瞬間はお互いに8一桂の存在を忘れている。
その後△7三桂と取る時にも「ついさっきまで自分は8一桂の存在を忘れていた」という事実には気が付かなかったことだろう。
こういった微妙に食い違う進行も、ある意味初心者将棋の見どころだったりする。

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てんやわんやしつつも▲4一桂成で後手玉の囲いを削る態勢を築いた。
しかし後手の攻め駒もかなり接近し、予断を許さない状況になっている。
一応まだ先手が指せる形勢だが、勝つのはどちらか。

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△4八とと取る前に△4九角と打てば、初心者同士という条件では十分勝負形だったように思う。
△5六桂は勝負手。
▲同歩なら△8四角の王手飛車が狙いだが、H君はこれを回避。
しかし▲4七玉もやや不安な応手で、▲5六金と取れば問題なかった。
攻め駒を残したせいで先手玉の周囲がやや不穏に。

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横で見ていた私は、危なっかしい逃げ方するなぁなんて思っていたが、12図まで進めば後手は持ち駒すべて吐き出しており、先手玉の安全は確保されたといえる。
▲2五桂と引っ掛けて後手玉は一手一手の寄りとなる。

このあとはわざわざ王手が続く受け方をしたり、妙に難しい手順で詰ませに行ったりしつつ、先手の勝ちとなった。 

初心者同士の将棋は、細かく手の善悪を見ていくと、当然疑問手や悪手だらけという評価にならざるを得ない。
しかし万能ではない2人のプレイヤーが、お互いに自分の持っている「唯一の武器」を突きつけあう戦いありようは、これはこれで観賞に値する勝負だと思う。

これを面白いと感じてもらえれば幸いである。